「親の認知症が進み、住まなくなった自宅を、スムーズに売却することができるのか?」
親が認知症になった際の財産管理について、漠然とした不安を持つ方は少なくありません。親の判断能力が衰えて意思決定ができないとき、子どもである自分にどこまでの権限があるのでしょうか。
一般的には、成年後見制度を利用しないと、親の自宅を売却することができません。
しかし一方で、成年後見制度は「何をするにも家庭裁判所の許可がいる」「親のためを思っても、想定通りにお金を使えない」と誤解している人も多くいます。
その誤解をばらまき、クライアントに対し家族信託というレールを無条件に敷く専門家やメディアも多く存在します。
そこで、この記事では、成年後見制度と家族信託の正しい取捨選択ができるように、分かりやすく解説していきます。
ストーリー仕立てで解説された、幻冬舎「GOLD ONLINE」掲載の下記記事も併せてご覧ください。
親が認知症で施設入居…「空き家になった自宅」をラクに売却する方法は?【司法書士が解説】 | 富裕層向け資産防衛メディア | 幻冬舎ゴールドオンライン (gentosha-go.com)
それでは、親が認知症になり、親の不動産の処分について悩んでいる方は、最後まで読んでいただき、参考にしてみてください。
1.誰も住まなくなった家はマイナス収支の資産である
親の認知症が進み、介護施設に入居したことで住まなくなった自宅。
これを誰かに貸すなどしない場合、何の収益も生まない「ゼロ資産」なのでしょうか。
実は、誰も住んでいない空き家の状態でも、税金・保険・光熱費の基本料金・各種維持管理費が掛かるため、「セロ資産」どころか、「マイナス収支の資産」であると言えます。
空き家を維持するための主な費用
- 固定資産税・都市計画税(土地・建物)
- 火災保険や地震保険(建物)
- 光熱費や水道費(建物)
- 家や設備の修繕費用(建物)
- 庭木の剪定費用(土地)
このような費用の合計は、親の自宅のエリアや規模によっては、年間数十万円となるケースも珍しくありません。
生家を売ること、親が一生懸命建てた家を売ることに対する気兼ねから、なかなか売却できないという方もいますが、そのような特別な思い入れがなければ、今後誰も住む予定がない親の自宅は、売却することを積極的に考えてもよいです。
2.自宅を売却するために、まず利用を検討する成年後見制度とは
親の施設入居に伴い、親の自宅を売却する方針としたとします。
しかし、親の在宅生活が限界となり施設に入居するタイミングですから、親の判断能力はかなり低下しています。自宅を売却するという重要な法律行為を、親自身にさせるのは難しいです。
そこで、親の自宅の売却を実現するために、成年後見制度の利用を検討します。
成年後見制度とは、判断能力が低下することにより、自身の財産管理がおぼつかなくなったり、よりよい生活をするための環境づくりが自分ではできなくなったりした人のために、家庭裁判所が本人を援助する人(後見人等)を選任して、後見人等が本人の代わりに財産管理や環境づくりに必要な各種手続きを行う制度です。
2-1.成年後見制度の分類
成年後見制度は、次のように分類されます。
任意後見制度
判断能力が低下する前に、任意後見人と予め契約しておく制度
法定後見制度
判断能力が低下した後に、裁判所が後見人等を選任する制度
- 補助類型
軽度の判断能力の低下が見られる
大事なことの判断には支援があったほうが安心できる状態 - 保佐類型
中程度の判断能力の低下が見られる
大事なことの判断は本人に代わってやった方がよい状態 - 後見類型
重度の判断能力の低下が顕著に見られる
すべての判断を本人に代わってやった方がよい状態
モデルケースとして考えたい親の状態は、
- 在宅生活が限界となり、施設に入居した
- 親の判断能力の低下が顕著に見られる
というものとします。
そこで、【法定後見制度の後見類型】にフォーカスして、話を進めます。
2-2.成年後見人のミッション
選任された後見人のミッションは、「身上保護」と「財産管理」に大別され、具体的には、以下のようなミッションがあります。
●身上保護
- 生活状況の確認と、本人が安心して生活できるようにするための環境づくり
- 在宅生活を支えるための介護福祉サービスの検討と契約
- 介護施設の入居先探索と契約
- 入退院手続きなどの医療機関の各種手続き
- 本人の受けられる公的サービス確保のための各種行政手続き
●財産管理
- 本人の生活環境を整えるために要した各種費用の支払
- 介護福祉サービス、介護施設、医療機関への支払
- 税金、光熱費その他日常生活費用の支払
- 公的給付の請求、保険金の請求、収益不動産の賃料請求
- 自宅、収益不動産の管理及び処分
- 本人を相続人とする相続の遺産分割
2-3.後見制度に特有の運用~事前照会~
後見人は、身上保護・財産管理の各ミッションについて、基本的には、軽重の区別なくその権限が認められています。
後見人の財産管理の制限
しかし、次の視点からの制限があることには注意が必要です。
- 「身上保護のための財産管理」という色付けによる制限
- 一部の行為について、法律による許可事項がある
事前照会とは
そして、実務的な運用として、家庭裁判所への「事前照会」があります。
法定後見人による財産管理は、身上保護(本人の生活環境を保全するための行為)のためにするという原則にたつとき、これから行う財産管理が適切か否かということについて、家庭裁判所に事前に照会をかける必要がある場合があります。
事前照会は後見人の法的な義務ではありませんが、家庭裁判所の耳に入れておかないと、後でいろいろ言われると面倒なことになる、ということです。事前照会なく行った行為の集積により、後見人不適格と判断されると、後見人の解任事由にもなり得ます。
実は、世間で成年後見制度を批判する記事は、この「事前照会」の運用をもって、安易に「すべてのことが許可事項」などと誤った発信をよくしています。
「事前照会」の運用は、確かに窮屈な面は否めませんが、適正で妥当な財産管理を行っている限り、後見制度の利用が、家族にとって大きすぎる負担になることはありません。
何より、「身上保護」の機能は、成年後見制度でしか担えない部分ですので、後見制度をはじめから忌避することは、控えたいものです。
2-4.家庭裁判所の許可が必要なものは主に3つ
さて、「事前照会」にとどまらず、家庭裁判所の許可を法的に必要としている事項にはやはり注意が必要です。
以下の行為を行う場合には、家庭裁判所の許可が必要です。
- 居住用不動産の処分を行う場合 ※後継類型に限る
- 成年後見人等との間で利益相反関係がある場合
例 後見人等が本人所有の不動産を買い取る - 成年後見人が本人の財産から報酬をもらう場合
特に1番目、つまり、親の自宅を売る場合には、家庭裁判所の許可が必要です。
この許可が確実に下りるかどうかが、成年後見制度の利用で対応するか否かの分水嶺となります。
3.居住用不動産の処分の許可のポイント!
親の自宅の売却を、成年後見制度の利用で乗り切ることができるか。
その鍵となる、居住用不動産の処分の許可のポイントについて解説します。
居住用不動産の範囲と、居住用不動産の処分許可の基準について、まとめてみました。
3-1.居住用不動産の範囲
居住用不動産かどうかを判断するためには、過去から将来にわたり、本人が生活の拠点として利用していた、または利用する可能性があるかどうかの視点が重要です。
具体的には、以下のような不動産は、居住用不動産に該当します。
- 現在居住しており、生活している建物
- 現在は居住していないが、過去に本人が生活の拠点として利用していた建物
※施設入居前に暮らしていた自宅が典型 - 現在は居住していないが、将来的に生活の拠点として利用する建物
また、「生活の拠点」とは、単に住民登録をしている(住民票を置いている)不動産という基準だけでなく、本人の生活実態があることから判断します。そのため、住民登録をしていない不動産でも、居住用不動産に該当するケースがあります。
3-2.居住用不動産の処分の許可の基準は3つ
居住用不動産の処分の許可において、家庭裁判所はどのような基準で判断するのでしょうか?
- 本人が生活の拠点として、再度利用する可能性があるか
- 本人の財産状況に鑑みて、自宅の売却をしないと、生活環境を守るための支出が賄えないか
- 売却価格その他売買契約の条件が、一般に適正・妥当と言えるか
上記の3つの基準を主な検討要素として、家庭裁判所が許可するかどうかを検討します。
居住用不動産の処分の許可が下りる可能性が高いシーン
そのため、以下のような状況の場合には、許可が下りる可能性が高いです。
- 在宅生活の限界を迎えており、自宅に戻る可能性がない場合
- 自宅を売却しないと、介護施設の費用が捻出できない場合
- 売却する時期の市場環境において、適正・妥当な売却価格と言える
したがって、一定の条件を整えることで、成年後見制度においても、自宅を売却することは可能です。
3-3.親の金融資産が潤沢にある場合には、自宅は売れない?
居住用不動産の処分の許可の3つの基準のなかで、最も重要なのは、
- 本人の財産状況に鑑みて、自宅の売却をしないと、生活環境を守るための支出が賄えないか
の要件と言えます。
ところで、本記事の最初の章で述べたように、自宅は「マイナス収支の資産」ですから、住まなくなった自宅は、しかるべき時期に売却するというのは、重要な資産戦略と言えます。
しかし、後見制度の居住用不動産の処分の許可は、預貯金が枯渇し、自宅の売却が最終手段であるような環境であることを要件のひとつとしています。
後見人の財産管理は、あくまで「身上保護のための財産管理」という背景がありますから、資産戦略的に有効な、自宅の早期売却は、後見制度においては難しいのです。
また、施設に入居する直前に住んでいた自宅であれば、施設が本人に合わなかった場合にすぐに戻れる居所として重要です。預貯金が潤沢にあれば、「自宅に戻る可能性が少ない」という要件も、厳しく判断されがちとなります。
そこで、注目したいのが、家族信託による自宅の売却です。
4.家族信託とは、家族に託す私的財産管理制度
- 本人が自宅に戻る余地がないとは言えない
- 預貯金が潤沢にあり、生活資金の側面からは、自宅を売却する必要性はない
このような、居住用不動産の処分の許可が下りる可能性が低いケースでも、売却を可能とするのが、家族信託です。
家族信託は、本人の財産を信頼できる家族に託して、管理や処分を行ってもらう仕組みで、認知症になった場合に有効な財産管理の方法として、近年、注目を集めています。
家族信託の仕組みついては、本WEBサイト内の次の記事をご覧ください。
【家族信託とは?】メリットやデメリットをわかりやすく解説 – 民事信託・家族信託ナビ (sanlegal-minjishintaku.com)
4-1.家族信託の目的と受託者の権限
家族信託では、受託者に財産を託す目的を設定し、その目的を達成するための受託者の権限を設計していきます。
成年後見制度の財産管理基準とは異なる、家族信託の目的
親の財産を、家族信託の仕組みを用いて子に託す目的を、
- 親が自宅を離れて施設に入居する際は、親の資産戦略に沿って、子の判断で円滑に売却処分できるようにすること
と設定すれば、
後見制度の居住用不動産の処分の許可の基準からすると、売却が難しいようなケースでも、円滑に売却することができます。
家族信託で、親が元気なうちに備えておく
家族信託は、親が認知症になり判断能力を失ってしまうと、取り組むことができません。信託契約にて、子に財産を託す仕組みを整える制度ですので、契約能力が無くなってしまえば、手遅れと言えます。
逆に言えば、本人が元気なうちに、明確な目的をもって、子に財産管理を託す意思表示をするため、後見制度のような「身上保護のための財産管理」基準という制約を受けることもありません。
預金が潤沢にあっても、自宅の売り時を逃すことはない
後見制度では、預金が潤沢にあれば、自宅の売却が最終手段とは言えないため、売却することが難しいです。
一方、家族信託では、親の資産戦略として、預金が潤沢にあっても自宅をしかるべきタイミングで売却することができます。
受託者の権限にソフトな制約をつけられる
家族信託では、親の自宅の名義は、受託者である子に完全に移ります。
何の制約もなく受託者が売却できることについて、多少の不安を感じる親もいるかもしれません。
また、親に子が複数いるケースでは、受託者として任された子が、他の子の手前、勝手に売却されたと思われたくないという気持ちを持つケースもあります。
そこで、受託者の権限を、契約の中で制約することもできます。
たとえば、売却するときには、
- 親の承諾を必要とする
- 親が認知症になったあとであれば、他の子の承諾を必要とする
など、後見制度の居住用不動産の処分の許可よりソフトな制約を設定することもできます。
4-2.家族信託なら、居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例を利用できる
受益者等課税信託
家族信託では、受託者に名義を移して管理処分を託す一方で、受益権と呼ばれる権利(信託財産の管理処分の結果得られる利益)は、受益者たる親に残ります。
このとき、税金は、基本的に親(受益者)を基準に課せられます。
これを、受益者等課税信託と言います。
受益者等課税信託では、税額軽減や税額免除などの特例措置も、親(受益者)を基準に適用の可否を考えていきます。
そのため、親(受益者)にとって「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例」の適用ができる場面であれば、子(受託者)の名義で売却したとしても、この特例の適用が受けられます。
贈与で子の名義となっているケースでは、特例の適用が受けられない
いざというときの売却処分を円滑にするため、親の自宅を事前に子へ贈与したとします。子が自宅に住んでいない限り、自宅を売却する際には、子にとって「居住用財産」とは言えないため、特例の適用が受けられません。
一次相続における遺産分割内容も、家族信託による売却を視野に入れる
父が亡くなった際の遺産分割協議。
母の在宅生活が難しくなった時は、母に施設に入ってもらう計画とします。
いざというときの売却処分を円滑にするため、自宅名義は子とする遺産分割協議を成立させます。名義を持った子が自宅に住んでいない限り、自宅を売却する際には、子にとって「居住用財産」とは言えないため、特例の適用が受けられません。
ここは、遺産分割協議では自宅の名義を母とし、その後すぐに家族信託で名義を子に移しましょう。
委託者 兼 受益者が母、受託者が子、という設計です。
こうすることで、
- 受託者たる子の権限で、自宅の売却が可能となる
- 税金は受益者である母を基準に考えるので、特例の適用が受けられる
両方のメリットを享受できることになります。
居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例とは
この特例は、自宅を売却した際に、譲渡による利益の部分から、最高3,000万円を控除できる制度です。
譲渡所得税
この特例は、譲渡所得税に関する特例です。
不動産を売却すると、その譲渡益に対して、長期譲渡所得で約20%、短期譲渡所得で約40%の税金がかかります。
譲渡益は、売却価格から、その不動産を手に入れたときの取得費や、売却経費等を控除して計算します。親が数十年前に購入した自宅だと、取得費が安かったり、取得費のわかる資料が見当たらなかったりして、思うように取得費を計上できず、譲渡益が多くなることがあります。
特例の破壊力
このとき、譲渡益を3,000万円カットできると、譲渡所得税を大幅に削減すること(場合によってはゼロとすること)が可能です。
たとえば、売却価格4,000万円、取得費と売却経費等の合計額が500万円としたとき、譲渡益は3,500万円となります。
長期譲渡所得でも、3,500万円の約20%、すなわち700万円の譲渡所得税がかかります。
一方、譲渡益を3,000万円カットした場合、譲渡益は500万円に削減されるので、この約20%、すなわち譲渡所得税は100万円しかかかりません。
親の自宅を売却する際、この特例の適用ができるか否かは、とても重要なポイントとなります。
特例の要件
以下の要件を満たすことで利用することが可能です。
- 自身が住んでいる家屋を売却するか、家屋とともに敷地や借地権を売却すること
- 特定の居住用財産の買い換えの特例などの他の特例やこの特例を前年、前々年に利用していないこと
- 現在住んでいない場合は住まなくなった日から3年目を経過する日の属する年の12月31日までの譲渡であること
- 親子や夫婦といった特別な関係との売買ではないこと
まとめ
親が認知症になった際、親の自宅を売却するにあたり、成年後見制度を利用することについて、臆することはありません。居住用不動産の処分の許可の条件を押さえておけば、後見制度においても、売却は可能です。
一方、居住用不動産の処分の許可の条件が、親の財産環境と、家族の資産戦略を考えたとき、なじまないケースもあります。
そのときは、親が認知症になる前に、家族信託で備えておく、ということが考えられます。
家族信託は、成年後見制度の補完的な役割を果たします。
後見制度では手が届かない、「痒い所に手が届く」制度と言えます。
この二つの制度を、賢く選択できるようにしていただければと思います。
ストーリー仕立てで解説された、幻冬舎「GOLD ONLINE」掲載の下記記事も併せてご覧ください。
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